「職種限定」「権利の濫用」…会社都合で職種変更をしたいときの注意点を解説
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大分労働局および県下労働基準監督署内の総合労働相談コーナーにおいて、2021年度に寄せられた労働関係の相談は、8592件でした。
会社都合の人事異動によって従業員(社員)の職種を変更することは、認められる場合と認められない場合があります。また、従業員が拒否しているのに会社都合で無理やり職種変更を行うことは、法的なトラブルに発展する可能性もあるのです。
本コラムでは、会社都合による従業員の職種変更の要件や注意点などについて、ベリーベスト法律事務所 大分オフィスの弁護士が解説します。
1、会社都合で職種変更を行うケースの例
人材を適材適所に配置して効率よく活用するという目的のために、一部の従業員の職種を変更したい、と会社側が希望することがあります。
従業員の職種変更が行われる具体的な状況としては、以下のようなものがあります。
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(1)新設する部署への異動に伴う職種変更
社内に新しく部署を設置すると、これまで社内には存在しなかった業務が発生する場合が多いでしょう。
このような場合には、その業務を担当していた従業員が社内にはいないことになるために、新しく設置された部署に異動してくる従業員については、必然的に職種変更が発生します。 -
(2)従業員の適性に合わせた職種変更
従業員に担当させてみた業務が、実際にはその従業員の適性に合っていなかった場合には、職種変更を検討することになるでしょう。
従業員の適性に合わせた職種へと変更できたら、従業員としても働きやすくなり、会社としても従業員の生産性を高められるというメリットがあります。 -
(3)部署の欠員を埋めるための職種変更
従業員の退職や長期休業などにより、特定の部署に発生した欠員を埋める目的で、他の部署の従業員を異動させることが必要になることもあります。
同じ職種の従業員を異動させることができればよいですが、特に同一職種の従業員を数多く抱えているわけではない中小企業では、職種変更を伴う異動がやむを得ない場合もあるでしょう。
2、職種変更は常に認められるわけではない|職種限定と権利濫用に要注意
会社の業務命令による職種変更は、常に適法と認められるわけではなく、従業員の同意が必要となる場合もあります。
具体的には、労働契約において職種限定の合意がある場合や、職種変更命令が権利濫用に当たる場合には、会社都合による一方的な職種変更は認められないのです。
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(1)職種限定の合意がある場合は、原則として職種変更不可
労働契約では、従業員の職種を一定の範囲に限定する「職種限定の合意」がなされるケースがあります。
また、特殊な資格や技能を要する職種の従業員については、職種限定の合意があるとみなされることが一般的です。
職種限定契約の従業員に対しては、会社は職種変更を命ずることができません。
もし職種限定契約の従業員の職種を変更したい場合には、当該従業員の同意を得る必要があります。 -
(2)職種限定の合意がなくても、権利濫用の場合は職種変更不可
職種限定の合意がない従業員についても、職種変更を伴う異動命令は、無制限に適法と認められるわけではありません。
職種変更命令が権利濫用に該当する場合には、その命令は違法なものとされ、無効となります(民法第1条第3項)。
具体的には、以下のいずれかに該当する職種変更命令は、権利濫用として無効と判断される可能性が高くなります。- 職種変更を行う業務上の必要性がない場合
- 不当な動機、目的をもって職種変更命令が行われた場合(嫌がらせや退職強要など)
- 職種変更により、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負う場合
3、職種変更を拒否した従業員の退職は会社都合? 自己都合?
職種変更命令を受けた従業員が、それを拒否して退職してしまうことも考えられます。
解雇された場合には会社都合退職に該当しますが、自主退職の場合であっても、一定の場合には会社都合退職に該当します。
雇用保険の給付条件に影響するため、会社都合・自己都合のどちらに該当するのかは、従業員にとっては重要な違いになります。
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(1)会社都合と自己都合では、雇用保険の給付条件が異なる
会社を退職した従業員は、次の仕事に就くまでの期間、雇用保険の基本手当を受給することができます。
退職した労働者が「特定受給資格者」または「特定理由離職者」に該当する場合には、「会社都合退職」となります。
会社都合退職の場合には、退職した従業員は、雇用保険の基本手当を申し込みから7日間経過後に受け取れるようになります。
これに対して、特定受給資格者・特定理由離職者に該当しない場合には、「自己都合退職」と呼ばれています。
自己都合退職の場合、申し込みから7日間経過した後に、さらに3カ月の給付制限期間を経なければ、雇用保険の基本手当を受給することができません。
また、給付日数を比較すると、多くのケースで会社都合退職の方が自己都合退職よりも長く設定されています。
このように、従業員にとっては、雇用保険の受給開始日・受給期間が、会社都合退職は自己都合退職よりも有利となっているのです。 -
(2)会社都合退職に当たる場合の例
職種変更を拒否して退職している事例のうち、以下のようなケースにあたる場合には、特定受給資格者または特定理由離職者(=いわゆる会社都合退職)に該当する可能性が高いといえます。
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<特定受給資格者に該当しうるケースの例>
- 職種変更命令を拒否したことを理由に、会社によって解雇された場合
- 職種変更は行わない旨の労働条件を明示されていたのに、実際には職種変更があり得る契約内容だった場合
- 職種変更によって、賃金が従前の85%未満に低下した(低下することになった)場合
- 職種変更について、労働者の職業生活の継続のために、会社が必要な配慮を行っていなかった場合
- 職種変更に関して、労働者がハラスメント被害を受けていた場合
- 職種変更を拒否した後、会社側から退職勧奨を受けた場合
- 職種変更に伴う転勤命令により、労働者の意思に反する転居を強いられる場合
- 職種変更に伴う転勤命令により、配偶者との別居を強いられる場合
<特定理由離職者に該当しうるケースの例>
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(3)自己都合退職に当たる場合の例
以下のような場合には、職種変更に伴う退職は自己都合退職と判断される可能性が高いといえます。
- 会社による適法な職種変更命令について、事前に会社が労働者に十分な説明を行っており、かつ変更後の職種に適応できるような教育プログラムやケア体制などを提案していた場合
- 労働者が任意に職種変更に同意したものの、結果的に変更後の職種が不得手だったことが判明し、自分の適性を生かすために自主退職した場合
4、配置転換・職種変更に関するトラブルを予防するには?
会社が従業員の配置転換や職種変更を行う際には、従業員とのトラブルをできる限り予防するために、以下のような対応を行いましょう。
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(1)従業員の納得を得られるように努める
従業員とのトラブルを避けるという観点からは、会社都合による一方的な配置転換・職種変更は、できるだけ避けた方が無難といえます。
配置転換や職種変更が必要な理由、従業員にとってのキャリアにおけるメリット、新しい仕事に馴染(なじ)めるような配慮などを十分に説明して、従業員の納得を得られるように努めましょう。 -
(2)幅広い従業員に相談する
従業員が断ることも想定して、配置転換・職種変更の対象者の範囲は、ある程度幅広く考えておいた方がよいでしょう。
一人の従業員に拘(こだわ)るのではなく、いくつかの選択肢を用意しておくことで、配置転換や職種変更を無理強いしてトラブルに発展することを防げます。 -
(3)事前に弁護士へ相談する
やむを得ず、従業員の同意なく配置転換や職種変更を行う場合、その命令を適法に行うことができるかどうかを慎重に検討する必要があります。
弁護士であれば、配置転換や職種変更の適法性を法的な観点から分析し、会社にとってのリスクや穏便な解決策などについてアドバイスすることできます。
配置転換や職種変更に応じない従業員がいる場合には、対応について、事前に弁護士へ相談することを検討してください。
5、まとめ
会社都合による従業員の職種変更は、無制限に認められるわけではありません。
会社と従業員の間で職種限定の合意がある場合や、権利濫用に該当する場合には、職種変更命令が違法・無効となる可能性があるのです。
配置転換や職種変更に関して、従業員とのトラブルを回避するには、できる限り従業員の納得を得るように努めることが大切です。
やむを得ず従業員の意思に反する人事異動を行う場合には、事前に弁護士に相談して、法的な問題がないかチェックするようにしましょう。
ベリーベスト法律事務所では、人事労務に関して、企業担当者からのご相談を受け付けております。
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